山口地方裁判所下関支部 昭和43年(ワ)8号 判決 1969年12月16日
原告 国
訴訟代理人 村重慶一 外四名
被告 山口県信用漁業協同組合連合会
主文
訴外札本太市が昭和三九年三月三一日訴外萩中央漁業協同組合になした金一五〇万円の弁済行為を取消す。
被告は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和四四年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告指定代理人は、
(主位的請求として)
一、課外札本太市が昭和三九年三月三一日被告になした金一五〇万円の弁済行為を取消す。
二、被告は原告に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和四三年一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求として)
主文同旨。
の判決及び各二項(主文及び主位的請求の)につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、訴外株式会社勝丸(以下訴外会社という。)は、昭和三八年一一月一四日現在別紙一(滞納税額表(一))の本税額、加算税額各欄記載の国税を滞納しており、昭和三九年三月三一日現在は同別紙記載のとおり合計金一、〇三五万五、五三八円の国税を滞納しており、昭和四三年一月一二日現在は別紙二(滞納税額表(二))記載のとおり合計金一、二七四万二、七六二円の国税を滞納していた。
二、訴外札本太市は、昭和三七年八月一一日頃訴外会社から船舶五隻を著しく低い額の対価で譲り受け、同時に大中型まき網漁業許可権(まき網漁業許可(農林大臣許可)、許可番号まき第一七五一号)一口を無償で譲り受けたが(昭和三八年一月一四日農林大臣許可)、広島国税局長は昭和三八年一一月一四日右譲渡に関し訴外会社の滞納税金について国税徴収法第三九条に基づき訴外札本に対し第二次納税義務(限度額二、〇八二万四、八九五円を賦課し、その頃同訴外人に対しその旨納付通知書より告知した。
ところで、右訴外人からの同年同月二二日付異議申立に基づき調査した結果、右各船舶は右納付告知時には、既に他に売却されていることが判明したので、広島国税局長は昭和三九年一〇月二二日その部分の賦課を取消し、第二次納税義務の限度額を金三〇〇万円とする旨決定した。
三、訴外札本は、被告の勧奨により、右船舶等の譲渡を受けてまき網漁業を開始したのであるが、漁況の不良による事業不振のためその中止のやむなきに至り、被告と協議した結果、昭和三八年九月ごろから逐次右船舶の売却を行ない、その代金を被告からの借入金債務の弁済に充当したのであるが、前記漁業許可権も昭和三九年二月二四日訴外伊根漁業協同組合に金一五〇万円で売却し(昭和三九年三月二六日農林大臣許可)、その代金をもつて同年三月三一日被告からの借入金債務を弁済した。
四、被告は、訴外札本に対して右船舶等の譲受け及びまき網漁業の開始を勧奨した当時からの同訴外人との関係上、その事業の中止にあたつては、自ら同訴外人の資産整理及び債務弁済についてその一切の手続の委託を受け、前記漁業許可権の売却についても、その売買の交渉、代金の受領、貸付金への充当など一切を被告において行なつた。
また、被告はその間において、訴外札本の前記第二次納税義務賦課に対する異議申立手続を同訴外人の依頼によつて代行した。
五、右の事情に照し、被告は前記一五〇万円の弁済を受けるに際し課外札本が本件漁業許可権以外に他に財産がなく無資力であること及び前記第二次納税義務を負担していることを知つていたものであり、また、同訴外人も右事実を十分知つていたものである。
従つて、被告及び訴外札本は、互いに相謀り滞納税金の徴収を免れる目的をもつて、あえて前記弁済行為を行なつたものというべきである。
六、よつて、原告は、訴外札本太市の前記滞納税金を徴収するため国税通則法第四二条、民法第四二四条の規定に基づき、右弁済行為を取消し、被告に対しその弁済金一五〇万円相当額及びこれに対する前記弁済行為後である昭和四三年一月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求めるため、本訴主位的請求に及んだ次第である。
七、(予備的に)
仮りに、訴外札本の前記一五〇万円の弁済行為の相手が、被告ではなくて訴外萩中央漁業協同組合であつたとしても、被告は訴外札本から委託を受けて同訴外人名義の前記漁業許可権を訴外伊根漁協に売却したのであるが、同漁協から昭和三九年三月二六日ごろ右代金一五〇万円の送金を受けるや、これお一旦訴外札本の訴外萩中央漁協に対する借入金債務に対する弁済に充てる手続(帳簿上の)をとつた上、更に昭和三九年三月三一日同漁協の被告に対する借入金債務に対する弁済の手続をとつたものであつて、いずれも滞納税金の徴収を免れる目的で、被告が中心となつてこれを画策し、被告の債権のみの回収を図つたのであるから、右はまさに被告ら三者間の通謀による詐害行為であるといわなければならない。
八、よつて予備的に、原告は前同様の理由に基づき、訴外萩中央漁業協同組合に対する前記弁済行為を取消し、被告に対しその弁済金一五〇万円相当額及びこれに対する前記弁済行為後である昭和四四年七月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求めるわけである。
被告訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
請求原因一の事実は不知。
同二の事実のうち、訴外札本が訴外会社から船舶五隻を譲り受けたこと、及び広島国税局長が同訴外人に対し金三〇〇万円の限度で第二次納税義務を賦課したことは認めるが、右船舶五隻の譲受けの対価が著しく低い額であつたこと及び本件漁業許可権の譲受けの事実は否認する。
右漁業許可権は法律上譲渡の対象となし得る財産ではない。仮りにそれが譲渡可能であるとすれば、訴外札本はそれを昭和三九年二月二四日訴外伊根漁協に譲渡しているので、札本は本件第二次納税義務が金三〇〇万円に確定した同年一〇月二二日当時はそれを保有していなかつたのである。
同三の事実のうち、訴外札本がまき網漁業を開始したが、事業不振のためその中止のやむなきに至り、右船舶を売却し、その代金の一部を借入金債務の弁済に充当したことは認めるが、右弁済の相手方が被告であるとの点は否認する。
右弁済は、右船舶五隻の根抵当権者たる訴外萩中央漁協に対してなされたもので、同漁協は更にその債権者である被告に右金員を弁済したものである。
同三のその余の事実は否認する。
同四及び五の事実は否認する。
同七(予備的請求について)の事実は否認する。ただし、本件漁業許可権に関連して被告が訴外伊根漁協から金一五〇万円の送金を受けたこと、及び右金員が原告主張の如く順次訴外札本から訴外萩中央漁協へ、同漁協から被告への債務の弁済に充当せられたことは認める。
なお、抗弁として、仮りに原告の主張が理由ありとしても、原告は昭和四三年一月一二日に訴状を当裁判所に提出して本件訴訟を提起しているが、当時はすでに原告が前記弁済行為の取消原因を覚知してから二年を経過しているので、本訴取消権は時効によつて消滅している。
原告指定代理人は、被告の抗弁に対し次のとおり述べた。
原告が右取消原因を覚知したのは昭和四一年一月一〇日から同月一三日までの間における調査の結果によつてであるから、消滅時効は末だ完成していない。
<証拠省略>
理由
一、請求原因一の事実は、証人三輪良亮の証言により成立を認める甲第一号証の一、二及び右証言により認めることができ、右認定を覆すに足る証拠は存しない。
二、同二の事実のうち、訴外札本が訴外会社から船舶五隻を譲り受けたこと及び広島国税局長が同訴外人に対し金三〇〇万円の限度で第二次納税義務を課したことは当事者間に争いがなく、その余の点は証人三輪良亮の証言により成立を認める甲第二号証の一、二、第九号証、第一一号証、証人中村一義、札本知義の各証言により成立を認める甲第一〇号証、証人三輪良亮、札本知義、中村一義の各証言によつて認めることができる(但し船舶五隻の買受け価格は合計金二、八〇〇万円と認められるけれども、これが著しく低い額の対価であるとは認めるに足る十分な証拠は存しない。)。
附言するに、被告は、本件漁業許可権は譲渡の対象となしうる財産ではない旨主張するのであるが、<証拠省略>によれば、実際取引の社会においては本件のような漁業許可権は事実上取引の客体とされ、その代金の相場もほぼ安定したものが形成されており、そのいわゆる譲渡なるものの手続は、まず譲渡当事者間で下交渉をして代金額等を決めた上、譲受人に新たな許可が与られることを条件として譲渡人から農林大臣に廃業届を提出し、農林大臣が譲受人に新たな許可を与えるという方法によつて行なわれるので、あたかも漁業許可権が当事者間で譲渡された如き外観を呈するものであることが認められる。
従つて、法律上厳格な意味においては、本件のような漁業許可権は譲渡の対象となしうる財産とは言えないにしても、右のようないわゆる譲渡を無償で行なつた場合には、その行為は国税徴収法三九条にいう「第三者に利益を与える処分」に該当するというべきである。
なお、後述の如く、訴外札本は昭和三九年三月二六日本件漁業許可権を代金一五〇万円で他に譲渡したことが認められるのであつて、札本が右許可権の無償譲受けにより受けた利益は少くとも金一五〇万円を下らないものというべく、従つて札本に対する第二次納税義務の賦課は少なくとも金一五〇万円の限度額において効力を有するものということができる。
また、被告は、昭和三九年一〇月二二日当時訴外札本は本件漁業許可権を保有していなかつた旨主張するのであるが、第二次納税義務が納付通知書により訴外札本に告知された昭和三八年一一月一四日頃は同訴外人は漁業許可権を保有していたことは被告の認めるところであるから、この点に関する被告の主張は理由がない。
三、同三の事実のうち、訴外札本太市がまき網漁業を開始したが、事業不振のためその中止のやむなきに至り、船舶五隻を売却したことは当事者間に争いがない。
また、<証拠省略>によれば、訴外札本太市は昭和三九年二月二四日本件漁業許可権を訴外伊根漁協に代金一五〇万円で前同様いわゆる譲渡(同年三月二六日農林大臣許可)したことが認められるけれども、その余の点についてはこれを認めるに足る証拠は存しない。
四、<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 訴外札本太市が訴外会社から船舶五隻及び本件漁業許可権を譲り受けたのは、被告の勧奨によるものであつて、当時被告は訴外萩中央漁協に対し、訴外会社に漁船購入資金として転貸さす目的で、金一億円余を融資し、同漁協はその趣旨に従つてこれを更に訴外会社に融資し、それぞれ右金額の融資残高を有していたが、訴外会社の経営状態が悪化してきたので、被告は右融資金の回収に苦慮し、一般債権者がその権利の実行のため法的手段に訴えることにでもなれば、訴外会社の事業の継続に支障をきたすことにもなり、ひいては右融資金の回収もおぼつかなくなるので、本件船舶五隻及び漁業許可権を訴外札本に譲渡させ、一方被告は、訴外札本に右船舶の購入資金等に充てさす目的で、金三干万円を前同様訴外萩中央漁協を通じて同訴外札本に融資し(実質的には訴外札本が訴外会社の債務を右金額の限度内で肩替りしたこととなる。)、かくして、被告は他の債権者を排除して自己の債権の満足を図ろうとしたものである。
(二) 訴外札本がまき網漁業を開始するについては右のような経緯があつたので、同訴外人がその事業業を中止するにあたつては、被告が自ら同訴外人の資産整理及び債務弁済についてその一切の手続の委託を受け、本件漁業許可権の売却についても、その売買の交渉、代金の受領、自己及び訴外萩中央漁協の一連の貸付金への弁済充当など一切の手続を被告において行なうこととなつた。
すなわち、被告は昭和三九年三月二六日ごろ訴外伊根漁協から本件漁業許可権の売買代金一五〇万円の送金を受けるや、同月三一日一旦これを訴外萩中央漁協に対する訴外札本の債務の弁済に充当する手続をとつた上、更に訴外萩中央漁協の被告に対する債務(貸付金及び立替金)の弁済に充当する手続をとつた(被告が金一五〇万円の送金を受けて、これを順次右各債務の弁済に充当した事実は当事者間に争いがないところである。ものである。
(三) また、被告は、その間において、訴外札本の前記第二次納税義務賦課に対する異議申立手鏡を同訴外人のために代行した。
(四) 訴外札本は、本件船舶五隻等譲受け当時から全く無資力であつたのみならず、真実まき網漁業を営む意思を有しなかつたものであるところ、被告の要望により、被告の右に述べた一連の諸工作に加担するため、これに名義を貸してかいらいとなつたものであつて、本件漁業許可権を売却して、その代金を訴外萩中央漁協に対する債務の弁済に充てた当時も他に資力がなく、第二次納税義務の完全な履行をする資力がなかつたものであるが、被告、訴外札本共にその間の事情を知悉していたものである。
(五) 訴外萩中央漁協は被告連合会の会員たる漁業協同組合であり訴外萩中央漁協の組合員である訴外札本に対する本件融資に当つては被告及び訴外萩中央漁協は一体となつてこれを行なつたものであつて、萩中央漁協至別記事情を知悉していたものというべきである。
従つて、訴外札本の訴外萩中央漁協に対する金一五〇万円の弁済行為は、訴外札本が訴外萩中央漁協及び被告と通謀して、他の債権者を害する意思で行なつたものというべきである。
五、被告主張の消滅時効の抗弁の点については、原告が本件詐害行為の取消原因を覚知したのが昭和四一年一月一三日であることは原告の認めるところであるが、原告がこれより先同年一月一一日に既に右取消原因を覚知していた事実を認めるに足る証拠は存しない。
六、従つて、訴外札本太市が訴外萩中央漁業協同組合になした本件金一五〇万円の弁済行為は民法四二四条の詐害行為に該当するから、これを取消すべきものというべく、被告は原告に対し右金一五〇万円及びこれに対する右弁済行為後である昭和四四年七月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息を支払う義務があるというべきである。
よつて原告の本訴予備的請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、なお仮執行宣言の申立については、相当でないから、これを付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 雑賀飛竜 田尻惟敏 堺和之)
別紙滞納税額表<省略>